ひとりツール・ド・修善寺!!
GWは毎年家族で伊豆高原等の温泉に行くのですが今年は伊豆修善寺の高級温泉旅館の宿泊券が懸賞で当たったのでそちらに行って参りました。
ただ〜し、残念ながらほぼ2名分だけなので子供たちにはそんな高い所は贅沢なので自分で稼ぐようになってから行ってもらうという大人の勝手な都合で今年は夫婦二人で行って来ました。
しか〜も、今回は私は修善寺まで自転車で行くことになりました。家内は電車で一人静かにゆっくりと、私は一人楽しく自転車とお互い別々の大人の楽しみ方をするGWです。
ということで、ひとりツール・ド・修善寺を行うことになりました。コースは箱根駅伝往路+箱根↔修善寺ですね。
前日は家内の実家の近くの旅館に家族で宿泊です。こちらは御茶ノ水にある穴場的なホテルでこじんまりして結構気に入っております。お勧めです。

朝の3時からホテルの玄関で自転車組み立てています。前日は雨だったので旅館までは輪行でした。

スタートは私の勤務していた大学病院の玄関です。
病院前には誰もいません。隣の日大病院の前にいた人には何やっているんだ的な目で怪訝そうに見られましたね。そりゃそうです、朝3時半でまだ真っ暗の中、病院の前で写真撮っているんですからね。
スタート後大手町の読売新聞社横を通過し、箱根駅伝往路スタートです。
まだ真っ暗ですが、さすが都内は車が沢山走っています。みんな飛ばしているので結構怖いですね。
まずは国道15号線を走っていきます。

蒲田を過ぎて六郷橋を渡っているところで日の出を迎えました。
鶴見中継所を通過し(本当はここで休憩するはずでしたが間違って通過してしまいました)、有名な権太坂も通り越し平塚を越えて8時頃大磯にやって来ました。
ここでお腹が空いたので2回目の朝ごはんです。2回目は朝ごはんとは言わない?もしかして。
まぁそれはさて置き自転車に乗っているときはお腹の空き具合に気を使いますね。ちゃんとエネルギー補給しておかないと大変なことになります。
大磯を出て、小田原には9時に到着しました。
10時到着を予定していたので時間がありましたので小田原城見学をしました。

この時期小田原城はお祭りしているんですかね。神輿が出ていました。
ついでに天守閣まで自転車で登って行きました。さすがに中までは入れませんでしたね。
観光客のいる中でひとりレーパン姿。完全に浮いていましたが気にしません。自転車に乗り始めた頃はレーパン姿に気恥ずかしさもありましたが現在は完全に麻痺してますね、自転車乗りの皆さんそうでしょう

箱根湯本駅前を通過していき、ここからが本日のメインイベントの箱根越えです。
今回で3回目ですが、自走で来るのは昨年8月以来です。
その時は初めてということやノーマルクランクだったので辛い思いをしましたが、自転車に乗り始めて1年経ち体力もついてきたのか昨年程辛くは無かったですね。成長したということでしょう。なにより昨年より15kg体重が減っているのが一番の要因でしょう。坂を登るということは重力に反することなので何より軽いに限ります。

またまたやって参りました最高地点。ここに来ると必ず撮るショットです。
私たちのチームにとってここは最早聖地といっても良い場所です(^^)
ランニングしている人もいましたね〜、バンザイしながら通過しておりました。

最高地点から下って芦ノ湖到着です。もう少し進むと箱根駅伝往路のゴールです。
テレビでよく見る最後に曲がる交差点の所に記念碑があります。写真の後ろにゴールしている石碑が写ってますね。
芦ノ湖で昼食を摂り、ここからは修善寺までのルート開始です。私にとっては未開のルートです。
予定では箱根より1号線を三島に降り136号で修善寺に至る予定でしたが、どうせなら眺めを楽しみたいと思い十国峠経由にルートを変更しました。
芦ノ湖より箱根峠まで少し登り、県道20号に入り、十国峠に向かいました

十国峠の看板が見えてきました。この道は見晴らしも良く、傾斜も緩やかで天候も良かったこともありすご〜っく気持ちのよいライディングが出来ました。
十国峠を過ぎて熱海街道まで来ましたら、右折し函南方面に下っていきます。
ここから熱函街道と合流する所までは今回のルートで一番道が狭いというか寂しい道でした。こんなところでパンクしたら一人だしホント最悪ですね。
木陰で路面もよく見えない中を走っていたのでパンクだけ注意して走っていました。

でも凄いのどかな所でしたので1枚パチリと撮影です。
無事国道136号に出て、ここから修善寺まで一直線です。
136号を少し走っているとピンク色で大きく「さくらい歯科医院」という看板が...
院長名には櫻井英利とありました。
お〜、同級生ですね。静岡のこの辺りということは聞いていましたのでついでに寄ってみました

立派です。広いです。駐車場も大きいです。
羨ましい環境です。

さてここから最後の一踏ん張りで無事修善寺温泉郷到着です。独鈷の湯の前で1枚パチリ。
ここ一番観光客が多いところですが、一人レーパン姿でまたまた浮いておりましたが完全シカトです(^^)
さて宿泊予定の「鬼の栖」はここよりチョット奥まったところですが.......

玄関入ったところで斜度25%の急坂がぁ〜。
たまらず足を着いてしまいました。漕いで登れる気力なく最後の最後は手で押して歩くという屈辱のゴール(T_T)
時刻は2時半でした。2時を予定しておりましたので30分の遅刻でした。箱根を出てからが結構時間かかりましたね。でも色々なところを見ながら観光気分で走っていたので仕方ないですね。

走行距離約155kmでした。
今回懸賞に当ってくれ、自転車OKしてくれた妻に感謝です
夏は伊豆高原まで行く予定なので+30km位ですかね。それもまた楽しみです。
今回の走行ルートです
伊吹山ヒルクライム
4月15日は私が所属するTeam Innovatorとチームキャストオフと共に伊吹山ヒルクライム行って参りました。
滋賀県の伊吹山ドライブウェイという普段は車しか走れない有料道路がその会場です。
東京からは360㎞も離れておりまして、なんでまたそんな遠いところまで行ってお金を払ってまで苦しい思いをするのだろうとお思いの方も多いでしょうね。でもヒルクライムは苦しいですが登り終えてみるとその達成感にまた病みつきになってしまうんですね〜。
目標は6月3日の富士ヒルクライムですが、今回はその前哨戦です。

今回は場所が遠いので車も大変なので輪行で行って来ました。
朝6時に歯科医院出発です。こんな感じで輪行袋に積んで担いでまいります

東京駅7時30分発のぞみに乗り込んでいると、こんなチームメイトが激励の見送りに突然車内に乱入して参りました。
レースの格好でいきなり車内に現れた変態ライダーに周りの乗客は関わっちゃいけない危ない人と思ったのか完全シカト状態です(^^)
東京駅でチームリーダーの杉山氏と途中新横浜からチームエースの浅木氏との3人でいざ出発です。

で、いきなりの車内乾杯ってこれからレースなんですけどねぇ。アルコールはガソリンということでしょうか。
名古屋駅で新幹線を降りそのまま東海道線に乗換え、向かう駅はその名も関ヶ原駅です。まさに関ヶ原の戦いですね。
当初関ヶ原駅下車の予定でしたがアップを兼ねて1つ手前の垂井駅で降りました

ここは東海道の垂井の宿という所らしいですね。駅前で自転車を組み直していざ関ヶ原に向けて出陣です。

この時が一番暑かったんじゃないでしょうか。桜もまだ咲いておりました。

会場で車組のチームメイトと合流。スタート前の時間を過ごしております。
まだまだスタートまで時間があり緊張感はありませんね。
スタート直前の写真はありません。走ることを考えるのが精一杯で写真取っている余裕が無いんですね〜。

因みにこんな感じで伊吹山ドライブウェイの料金所からスタートです

で、これはゴール直後の私の後ろ姿です。疲れきって背中も丸まっていますね。

下山後の集合写真です
結果は49分39秒でした。12kmなので目標とする富士ヒルクライムの半分です。このペースで走れればギリギリ1時間40分を切るという予想になります。
あくまでも走れればの話ですけどね。でも何とか頑張って本番では1時間40分を切りたいと思います。

で、帰りは関ヶ原から名古屋に行く電車が少ないので20km程先の岐阜県大垣まで自転車で移動しようということになりました。
こういう時自転車は身軽でいいですね。赤いの私、黄色いのリーダー、撮影者エース様です。

1時間もかからず大垣に移動し大垣駅前で通行人にジロジロ見られながら再び輪行のために自転車分解中です。
東海道線で名古屋駅に着いてそこで反省会を兼ねて夕食とアルコールを給油。
そこから新幹線で東京に帰還します。

が、必然的にこうなってしまうんですね(^^)

私完全に撃沈してます。
新横浜でエース様とお別れし、東京駅でリーダーとお別れし、京浜東北線に乗り換え座った瞬間意識喪失し、気づいたら寝過ごしておりました。

なんやらかんやらで12時に歯科医院に到着です。
ふぅ〜、長い一日でした。お疲れ様でした。
しかし、車組は渋滞のためにこの時まだ帰宅できていなかったそうな。
1日の移動ログを取ってみました。
目標に向かって!!
今年の秋は私はスポーツの秋をテーマにしたいと思っております。
大学卒業以来運動をする時間は激減し、年齢もだんだん上がり基礎代謝が落ちてきたため体は少しずつ緩んできました。
昨年より卓球を少しづつ再開しましたが、やはり往年のような体のキレがありません。
また自転車にも乗るようになって来年の富士ヒルクライムに出場するという目標が出来ましたので大学卒業以来長年共にしてきた脂肪と決別しようと一念発起しました。
ということで、この2ヶ月の体重の推移です

上段は体重、下段は除脂肪体重です。
食事制限によるダイエットはリバウンドが起こってしまうので運動によるダイエットで食事制限はほとんどしておりません。
現在行なっているのは週2回のスロートレーニングと毎朝5-8kmのランニングがメインで時間があるときは固定ローラー台で自転車というのが主なメニューです
3ヶ月弱で8kg前後の減少なのでまずまずです。
脂肪をできるだけ取り除くと体重は63kg前後(大学入学時の体重)になるのでまずはここを目標とします。
それから第2段階に進める予定です
年内にどこまで行くのか楽しみです。

お盆休み
我が家は例年のごとく伊豆高原に行って参りました。
今年は我が家族と共に長男の友人を2名一緒に連れて参りました。
他所様のお子さんも一緒に連れていくのは気を使い余計疲れるようではありますが、実はその逆で子供たちは自分たちで勝手に遊んでおりますので、お父さんにとっては却って楽チンなんですね〜。
まぁ、そのうち家族で旅行に行くこともなくなればもっと楽になってしまうのですが....

ということでいつも駅前の足湯。
伊豆高原は高原の名はついているものの全然涼しくないですね。ちょっとは期待して行ったのですが...
私は足湯に入る気力はありません。
さて、私にとってのお盆休みのメインは16日の箱根ロングライドでした。
歯科材料店が中心になって作った自転車チームに私現在所属しております。
といってもロードバイクを買ってまだ日は浅く、それほど本格的に乗り込んでいるわけでは無いですが、まとまって時間がとれるのがお盆休みだったので今回練習に参加させて頂きました。
コースは箱根駅伝の往路コースを制覇するというものです。
朝霞→<大手町→鶴見→戸塚→小田原→箱根芦ノ湖>→小田原駅
小田原駅まで折り返しそこから輪行で帰宅という予定です。

大手町の出発前です。朝の5時集合だったので朝霞をでたのは午前3時30分でしたね。自宅を出たときにはまだ真っ暗です。
当日の気温は小田原で35度だったようですが、もうそんなことを気にする余裕もなかったというか、汗ダクダクになりながら途中でたっぷりの休憩を取りながらも小田原には11時ころに到着しました。
ここまで7〜8Lは水を飲んだでしょうか?
このコースはここからが本番なんですね。多少の登り降りはあるものの小田原まではほぼ平坦ですが、ここからは急激な上りです。
自慢じゃないですが私ヒルクライムは初めてです。ここまで自宅からすでに100kmほど走行。ホントにこんなので箱根の山を登れるのでしょうか?不安な気持ちを隠しつつもトライ。
で、結果はもう
「やめれば良かった!!!」
「俺はまだここに来るべきではなかった!!!」
「俺はバカだぁ!バカだぁ!! バカだぁ!!!」
「(:.;゚;Д;゚;.:)ハァハァ(:.;゚;Д;゚;.:)ハァハァ(:.;゚;Д;゚;.:)ハァハァ」
などという言葉が頭の中をグルグルと回りながら、ペダルを回しておりました。
辛かったです。人生で2番目に辛い運動をしました。

で、なんとか、なんとか最高地点。
生憎上の方は天候が悪くポツポツと来そうだったので芦ノ湖までは行かずここでUターン。
あんなに辛く長かったのに下りはあ〜っと言う間に終わってしまいました。
小田原駅でみんなで祝杯を上げた後、そこから輪行。

帰宅したのは午後8時30分でした。
本日の走行距離150km。
ふぅ〜疲れました。

東日本大震災
早いものであの大地震から早4週間が経とうとしています。
今回の事は今まで大きな地震に会うこともなかった私を含め殆どの人が初めて遭遇する震災で有ったと思います。
関東では震災直後の混乱は治まってきましたが、原発の問題も先が見えない状況で、自粛傾向による経済の落ち込みなどさまざまな先行き不安も未だあります。
しかし毎日見るTVでは直後の悲惨な状況を知らせるニュースから徐々に復興をするために立ち上がる人々を伝えるニュースが増え、あらためて人間の力強さを感じます
その中で私が見た最も感動したのは宮城県階上中学校卒業式での梶原裕太君の答辞でした。
涙を堪えながら読み上げるその姿に胸を打たれました。
長男が読んでいる朝日小学生新聞にその全文が載っていたのでここに載せたいと思います
『本日は 未曾有の大震災の傷も癒えないさなか
私たちのために卒業式を挙行していただき
ありがとうございます。
ちょうど 十日前の三月十二日。
春を思わせる暖かな日でした。
私たちは そのキラキラ光る日差しの中を
希望に胸を膨らませ、通いなれたこの学舎を
五十七名揃って 巣立つはずでした。
前日の十一日。
一足早く渡された、
思い出のたくさん詰まったアルバムを開き、
十数時間後の卒業式に思いを馳せた友もいたことでしょう。
「東日本大震災」
と名づけられる天変地異が起こるとも知らずに・・・。
階上中学校といえば
「防災教育」といわれ、内外から高く評価され、
十分な訓練もしていた私たちでした。
しかし、自然の猛威の前には、人間の力は
あまりにも無力で、私たちから大切なものを
容赦なく奪っていきました。
天が与えた試練というには、むごすぎるものでした。
つらくて、悔しくてたまりません。
時計の針は 十四時四十六分を指したままです。
でも、時は確実に流れています。
生かされた者として顔を上げ、常に思いやりの心を持ち、
強く、正しく、たくましく生きていかなければなりません。
命の重さを知るには、大きすぎる代償でした。
しかし、苦境にあっても、天を恨まず、
運命に耐え、助け合って生きていくことが、
これからの 私たちの使命です。
私たちは今、それぞれの 新しい人生の一歩を踏み出します。
どこにいても、何をしていようとも、この地で、
仲間と共有した時を忘れず、宝物として生きていきます。
後輩の皆さん、階上中学校で過ごす
「あたりまえ」
に思える日々や友達が、いかに貴重なものかを考え、
いとおしんで過ごしてください。
先生方、親身のご指導、ありがとうございました。
先生方が、いかに私たちを思ってくださっていたか、
今になってよく分かります。
地域の皆さん、これまで様々なご支援をいただき、
ありがとうございました。
これからもよろしくお願いいたします。
お父さん、お母さん、家族の皆さん、
これから私たちが歩んでいく姿を見守っていてください。
必ず、よき社会人になります。
私は、この階上中学校の生徒でいられたことを誇りに思います。
最後に、本当に、本当に、ありがとうございました。
平成二十三年三月二十二日
第六十四回卒業生代表 梶原 裕太』
私たちも彼らの復興の手助けになるような身近なことから少しずつ実践していきたいと思います。
最後に更新してからほぼ1年経ってしまいました。昨年はいろいろ個人的にもありブログの更新が疎かになってしまいましたがまた少しづつ再開してまいります<(_ _)>





